祝福を唱えるとはどういうことかを知る最良の方法は、実際にいくつか唱えてみることだと思います。その実践自体が必要なことを教えてくれるでしょう。好きなものから始めましょう。地面に横たわっている棒でも構いません。まずは、それに注意を向けてみましょう。[...] 意識が高まれば高まるほど、より多くの祝福を見つけることができるでしょう。棒をじっと見つめていると、きっとそれを自分の物語の登場人物のように扱うようになるでしょう。知っている誰か、あるいはかつてクラフト協同組合で見かけた家具を思い出すようになるでしょう。こうした連想自体には何の問題もありません。ただ、棒から離れて自分自身へと引き戻してしまうだけなのです。何かに祝福を唱えるには、それをあるがままに見ることが大切です。
この棒は何のために使われたのだろう?鳥が止まったのだろうか?夏の灼熱の太陽から地面を守る葉をつけたのだろうか?少なくとも、重力の法則に逆らって地面から水を吸い上げ、葉に水分を届けるという神秘的な役割を担っていた。一体どうやって、しかもこの大きさの棒はどうやってそれをするのだろう?匂いを嗅いでみてほしい。樹液の香りはまだ残っているだろうか?
あなたが今手に持っているのは、まさに木の動脈です。その組織は太陽と大地から生まれたものです。元の場所に戻せば、再び土に還ります。塵は塵に、灰は灰に。まずは祈りを捧げていただけますか?誰も聞こえませんから、好きなように唱えてください。[...]
先ほども申し上げたように、実践そのものが、必要なことを教えてくれます。周りに祝福の言葉をかけ始めると、これまで気づかなかった様々なことに気づくようになるでしょう。次に空港に行ったら、出発ゲートで一緒に座っている人たちに祝福の言葉をかけてあげてみてください。彼らは皆、何か大きな問題を抱えています。怒り狂う2歳の子供をなんとかしようと必死に頑張っているお母さん、大きなお腹を抱えた、顔にあばただらけの男の子、彼らに何が起こっているのかはっきりと分からなくても、気遣うことはできます。彼らはあなたと同じように、どこかへ向かっています。彼らもまた、目的地から目的地までの道のりを歩んでおり、あなたと同じように、目的地の先で何が起こるかは分かりません。
静かに祝福の言葉を唱え、あなたとあの人、そしてすべての人々との間に起こる空気に意識を向けてください。[...] 私が言いたいのは、誰にでもこれができるということです。誰かに許可されているかどうかに関わらず、誰でもお願いでき、誰でも祝福することができます。私が言いたいのは、世界はあなた方の行いを必要としているということです。なぜなら、どこにいようともひざまずき、時には骨ばった、しかししばしば優しく、常に命を与えてくれるその手を頭上に差し伸べている聖性を認めようとする人が本当に不足しているからです。私たちが互いに祝福し合えること自体が、いつだったか覚えていようといまいと、私たちが祝福されてきたことの証です。私たちが互いに祝福し合おうとすることは、星々さえも揺らぐほどの奇跡なのです。
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Thank you for this blessing. All are blessed with the breath of life and we share this blessing with each other's as we walk through this earth.