
蛹は私にインスピレーションを与えると同時に、困惑も与えます。青虫が自らの体でできた袋の中に潜り込み、その姿を溶かして蝶になって出てくるというのは、変身のありきたりなイメージですが、本当にすごいことです。少し立ち止まって、よく考えてみてください。青虫はこれからこうなることを知っているのでしょうか?もし知っているなら、それは途方もない信頼の証です。もし知らないなら、それは途方もない勇気の証です。青虫はただそこにぶらぶらと留まり、外界から孤立し、決して理解できない方法で変化していくのです。
青虫は蝶を見て「いつか自分もそうなるだろう」と思うのでしょうか?
そうです、私たちは皆、蛹へと向かっています。繭の中に入り、想像の円盤が機能し、伸びて、新しい存在へと成長するのを待っているのです。もしかしたら、私たちは長くここにいて、何かを学ぶかもしれません。私たちは、人類がこれまでに直面したどの困難にも劣らない、大きな試練となるであろう空位期間に入りつつあるのです。
蛹になり蛹になる幼虫に、少しは共感を持ってみてください。幼虫は今の状態が現実だと信じているかもしれませんが、一方で無意識レベルでは、想像の円盤が肉体というスープの中で渦巻き、自分が何者になるのかという別の考えを抱いているのです。
蛹の中では、自分自身についての考えは消え去り、人生そのものが支配する。小さな兆候に気を配り、その端で何が起こるかを見守ろう。地域社会や私生活で目にする親切や可能性の行為を、もっと積極的に発信しよう。役に立つこと、気配り、好奇心、能力など、発見した新しい習慣を記録し、育てていこう。怒りをかき立てるきっかけとなる出来事やソーシャルメディア、あるいは未だに意識を掴もうとする怒りの扇動者からコルチゾールを放出したい衝動を抑えよう。そうではなく、自分自身を繭の中に閉じ込め、想像力を研ぎ澄ませよう。
グーの中へ、友達。
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ここから抜粋。
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